新緑が舗装された街道を彩りはじめる頃一つの芽が顔を出そうとしていた。
その小さな芽は自分がどんな葉を身にまとい、
どんな色の花を咲かせるのかはまだ知らない。


いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ坂道を下る。
いつもと同じ満員電車に揺られて、いつもと同じ景色を見る。

「僕がいなくてもきっと、世界は同じようにまわるんだろう」

そんなことを考えながら窓のプラットフォームに目をやる。
名前も知らない顔が次々と乗り込んでくる。

「それは点だ」

心の中でつぶやく。
白紙に描かれたその点々はそれだけでは何の意味も持たない。
その点々にとっても、僕は変わらない、取るに足らない存在なのだろう。

自己憐憫とも厭世的ともとれる考えが頭によぎる。
いつもの思考パターンで僕はこれを自慰的思考と勝手に呼んでいた。

乗りこんできた顔の中に知っているひとつを認める。
後輩のレミだ。あまり親しい間柄ではなかったが、ぎこちなく会釈をする。

驚いた様子で嬉しそうに手を振ってくれた。
それも一瞬の出来事で、すぐに人に流され、お互い別々の窓の前に立つ。

「朝から良いことあったなぁ」

自然と顔がにやける。隣のサラリーマンがこちらを見てすぐ顔を逸らした
が気にしない。

点に色をつければ、モノクロの世界も華やぐのではないか。
そう考えると、窓の外の代わり栄えしない景色も急に色が増えたような感覚に陥る。

電車が通り過ぎる風に、菜の花が揺れていた。


「おはよう!」

満員電車から同じ駅でようやく解放されると、レミに声をかけた。

「おはようございます」

続いて嬉しそうなはにかんだ微笑みで同じ言葉を返してくれた。

いつもならこの時間帯にここを通る生徒はそう多くはいない。
隣を歩くレミに親近感を覚えた。

透き通った空をたくさんの鳥が横切る。

その様子を見つめていた彼女の横顔にかける言葉が見つからず、意味もなく信号が赤から青になるまでカウントをとった。

不意に頭髪検査の話題をふられ、それに飛びついた。

「この間の頭髪検査で引っかかっちゃったんですよー 今時茶髪もだめなんてありえなくないですか?」

「まぁうちは私立だし、しょうがないよね」

「これでも暗めな方なんだけどなぁ。他の子なんて…」

当たり障りのない話を努めて楽しんでいるように見せようとしているように感じた。


歩幅も歩調も違う。僕の方が一歩半先を行っている。
二手に分かれる同じ場所を目指して。

修学旅行の話題になった。学年は違っても、行った場所は同じで共通点も多い。
僕は(おそらく誰もが心待ちにするはずの)夜の寝る前の時間を一人で過ごした。
普通は相部屋か3人でひとつの部屋で過ごし、修学旅行に付きもののトークに花を咲かす。

「寂しくなかったんですか」

一瞬の間。

「いや、別に平気。ひとりで過ごすのも悪くなかったよ」

僕はそう答えた。

けれどその言葉の裏にある本当の気持ちを、言えないでいる分、
表情で全てを語ってしまっている気がして、目を逸らしてしまった。


BGM : Avril Lavigne - Who Knows

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